【活動報告】第11回 追悼法要「白蓮華のつどい」
― 伝統を現代の言葉でつなぐ試み
2026年2月21日、当山にて「白蓮華(びゃくれんげ)のつどい」を修行いたしました。

■ 変容する社会の中で、お寺ができること
昨今、地域社会のあり方や家族の形は、親鸞聖人の時代とは比較にならないほど激しく変化しています。
人間関係の希薄化が進み、葬儀や仏事の簡素化という形で、伝統的な「つながり」が失われつつある現実があります。
私たちは、この現代において「伝統をそのまま守る」だけでなく、「今の時代を生きる方々に、どうすれば教えが届くのか」という問いを常に抱えてきました。
その一つの答えとして、門信徒会の皆様と共に歩みを進めてきたのが、今年で11年目を迎えるこの追悼法要です。



■ グリーフケアと教えの交差点
今回のご法話では、現代的な心理学の視点である「グリーフ(悲嘆)」と、浄土真宗の伝統的な死生観を重ね合わせてお話ししました。
喪失の悲しみに沈む時間(喪失志向)と、前を向こうとする時間(回復志向)。
その間をシーソーのように揺れ動く「ゆらぎ」のプロセスは、決して否定されるべきものではありません。
むしろ、その「ゆらぎ」の中にこそ、亡き人と共に生きる真実の姿があるのではないか。
「浄土にて、かならずかならず、まちまいらせそうろうべし」
親鸞聖人が遺されたこの伝統的なお言葉は、現代を生きる私たちの孤独や不安に対しても、
時代を超えて「そのままのあなたで大丈夫だ」という確かな安心を与えてくださいます。
■ これからの伝道の形を求めて
かつてのような形式的な仏事ではなく、一人ひとりの痛みに寄り添い、現代の言葉で阿弥陀さまの慈悲を翻訳していくこと。
それが、今の時代における布教のあり方だと考えています。
「白蓮華」が泥の中から清らかな花を咲かせるように、現代という混沌とした社会にあっても、
お念仏によって誰もが尊い一生を完結できる場でありたい。そう願っております。
当日お参りいただいた皆様、支えてくださった門信徒会の皆様に心より感謝申し上げます。
合掌
